2026年7月15日
プリンティングディレクション

【YBP第三弾】鷹野隆大さん写真集 『IN MY ROOM REVISITED』 制作のウラ側

2026年3月、YAMADA Book Publishing 第三弾タイトルとして、写真家・鷹野隆大さんの写真集『IN MY ROOM REVISITED』を刊行しました。
本書は、『IN MY ROOM』(蒼穹舎、2005年)と、100部限定で出版された『in my room 6×6』(GALLERY TAGBOAT、2006年)を収録し、再構成したものです。長らく絶版となっていた二つの作品が、新たな一冊として紡がれました。
鷹野さんは、『IN MY ROOM REVISITED』について次のように記しています。


本作は2005年に蒼穹舎より刊行された写真集の復刊である。はや20年以上前の話だ。当時わたしは素敵だと思う人を自宅に招いて写真を撮っていた。触れ合わない愛撫にも似た時間のあとには、さまざまな人影がフィルムに残った。いま思い返すなら、それは一つの小部屋で共に過ごした時間の空気が波動となって記した痕跡のようにさえ思える。
ただし、あのときわたしが考えていたのは、相手との親密さを表現することではなかった。他者を他者として、わからない存在として、そのわからなさを表すことだった。それゆえ画面に情緒が持ち込まれることを極度に警戒していた。こうして完結した『In My Room』シリーズは、いずれも手持ち撮影が困難な4×5判のカメラで撮影したものだった。
一方、もう少し手軽な6×6判カメラでも同時に撮影していた。こちらは他の可能性を探るための試験的なものだった。当初は発表するつもりはなかったのだが、やがて“他の可能性”を表に出しても良いのではないかと考えるようになり、2006年にゼロックスコピーを用いた手製本として発表した。
今回、二つをまとめて上梓することができ、長い間放置してきた宿題を一つ終えたような安堵を覚えている。 

――2026年2月 鷹野隆大


印刷立会いが行われた2月、鷹野さんと、ブックデザインを担当された橋詰冬樹さんがご来社。プリンティングディレクターの西谷内PDも交え、お話を伺いました。

“長い間放置してきた宿題”とは

――今回の再編集は、鷹野さんご自身がされたのでしょうか。

鷹野さん:はい。『IN MY ROOM』のときは、蒼穹舎の大田通貴さんに写真を渡して「これで組んでください」と全部お任せしました。自分の枠組みの中で全部完結させてしまうと、外に届かないものになるんじゃないかと思ったので。私にとって最初の写真集だったので、外に広めたいなと思ってそうしたんですが、それから20年経って、自分なりにいろいろものづくりに関わっていく中で、今回は自分で再編集しました。そんなには変えていませんが、冒頭に全体を象徴する写真を持ってきたり、新たな写真も数点加えています。
『in my room 6×6』は、手製本で100部のみつくった非売品なので、見ることができている人はそんなに多くないのかなと思います。大田さんは「これも出せばいいのに」とよく言ってくださっていて、「そうですね」と答えながらも、なかなか実現できずにいました。なので、今回、この2つの作品をまとめて本にすることができて、宿題を一つ終えたような気持ちです。

異なる2つの 〈In My Room〉

――「IN MY ROOM」と「in my room 6×6」の違いについて教えていただけますか?

鷹野さん:「IN MY ROOM」の方は、4×5の大判カメラで撮っています。三脚が必要で、動きを追うことはできないので、瞬間というよりは、ある程度長い時間を写し込むような撮り方になります。
一方で6×6の方は、比較的手軽に撮れるので、動きの中の瞬間を捉えることができます。そうすると、個人的な感覚や思いも入りやすくなります。
「IN MY ROOM」を撮っていた頃は、どちらかというと個人を超えたものを写したいという意識がありましたが、それだけでなく、別の可能性も探りたいと考えていて、その一つとして中判カメラでも撮っていました。
なので「in my room 6×6」の方は、瞬間的なものを捉えていて、より情緒的な要素が出ていると思います。

用紙選定の打ち合わせ

――「IN MY ROOM」と「in my room 6×6」とで用紙を変えているため、ページをめくっていくと、その違いは視覚と指先の両方から、はっきりと伝わってきます。用紙を変えたのは橋詰さんの発案とお聞きしました。

西谷内PD:同じ紙でもテストしてみたんですが、やっぱりイメージに合う紙で分けよう、となりました。「in my room 6×6」で使用しているサンルーマーは、独特の出方をする、すごく面白い紙です。インクをかなり盛っています。
橋詰さん:写真が捉えているもの自体が違うので、紙も変えたいと思いましたが、この手の紙(非塗工、ラフ系)は色が出にくい傾向があるので悩みました。紙の白さをキープした上で色が出るのなら、この紙が一番いいなと思っていましたが、想像以上にグッと出してもらえました。写真の色の出方も、紙に触れたときに伝わる情感も諦めたくはなかったので、両立できて安心しました。
西谷内PD:「IN MY ROOM」のページは、パールコートにハイグロスニスを乗せています。
橋詰さん:こちらは光沢系で少し冷たい雰囲気にしたかった。「in my room 6×6」との対比で、情感を抑える方向です。見ても触れてもわかる違いにしたかったんです。

迷いの先にあった「白」

――前作は赤い装幀が印象的でしたが、今回白になったのはどなたの案なのでしょうか?

鷹野さん:橋詰さんセレクトです。
橋詰さん:事前にいろいろ考えて造本設計の打ち合わせに臨んだんですが、案を出せば出すほど、「全部違うな」という感覚になっていきました。で、話しているうちに「白で!」って。用意してきた案には無いものが自然に出てきて、自分でも驚きました。
もともとは赤系でまとめる案や、写真を使わない案もありましたが、一番いい形を探したかったんです。
「どうしたらいいか分からない」と感じるほど迷いました。15年くらい本を作ってきましたが、こういう感覚はあまりありません。でも、一度ぐちゃぐちゃになるところまで考え抜いたのが、結果的に良かった気がします。
鷹野さん:橋詰さんを信頼して、私はあまり口出ししない方がいいだろうなと思いました。デザイナーさんが自分の感覚を発揮できない状況だと、肝であるデザインがチグハグなものになってしまうので。
あと、私のイメージが「白」に結びつけられることが時々あるんです。昔あるグループ展で色を割り当てられたときも自分は白でしたし、他の写真集でも白い表紙でデザインしていただいたり。自分ではあまり意識はないんですが、そういうイメージがあるのかもしれません。なので今回の「白」も突飛なものではないのかなと思っています。
写真が赤なので、白だと凄く映えるだろうな、と思います。

20年の時を経て

――今でこそ「ジェンダー」という言葉は一般化しましたが、『IN MY ROOM』が発表された2005年は、まだ社会的な認知が追いついていませんでした。20年経った今、『IN MY ROOM REVISITED』はどのように受け止められるのでしょうか。

鷹野さん:この問題、実はねじれた状況になっていると思っています。90〜2000年代初頭は、ジェンダー意識の面では課題がありつつも、裸体表現というものに対しては、逆に今より寛容だったという印象を持っています。
でもその後、性的少数派への配慮が「正しさ」として認識されるようになり、じゃあ正しいこととは?となった時に、「誰かが不快だと思うものを見せるのは正しくない」という方向にも広がっていった。その結果、性的少数者に「配慮すべき」という考えが強まる一方で、性的少数者に関わる表現自体が「不快だ」ってことも同時に言えるようになって。
あり方としては、今、非常に微妙な状況になっていると感じています。2000年代初頭とは違い、今は嫌がる人がいたらまずいのではと配慮しなきゃいけない。「配慮」という圧が、ものすごく強まってきました。
そういう意味では、ある種自由で寛容な社会になったのではなく、逆に不寛容な社会になっていることも否めない。『IN MY ROOM』を作っていた時に考えていた状態とは違う状態が出現したなという思いはあります。

鷹野さんの指摘する「配慮という圧」や「不寛容さ」は、現代の表現をめぐる難しさを感じさせます。本作がどう受け止められるかは、社会の価値観や時代の空気とも深く関わっているように感じられます。


***

橋詰さんは制作中を振り返り、「写真に写る人たちが皆カメラ目線なので、デザインをしている時、自分が見ているというよりも見つめられているような不思議な感覚になり、たくさんの人に出会ったような気持ちになった」と語りました。
それを聞いた鷹野さんは、「写っている人、一人ひとりと向き合ってもらいたいという思いを込めて撮っていたので、とても嬉しいです」と穏やかに話していました。

鑑賞者が一人ひとりの視線と向き合うとき、この作品は単なる写真集を越え、他者と出会う体験として静かに立ち上がります。ぜひその感覚を体験してみてください。

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